MARTIN VENGADESAN & THE STALEMATE FACTOR "The Knight's Flight" サイン入り

当時、マレーシアでは稀有な存在であった古典主義的プログレッシヴ・ロックを演奏するバンドとして2002年にミニ・アルバムを1枚残したSAMARKAND。その中心人物のMartin VengadesanがTHE STALEMATE FACTORというバンドを率いて再びのクラシック・ロック枠（プログレッシヴ・ロック、フォーク・ロック、サイケデリック・ロックなどを含む）で音楽シーンへと挑む。

ニュースの編集、音楽関連のコラムをはじめ、ディストピア小説、事件や音楽関連の本を出版するなど、ジャーナリストや作家業をこなしながらバンド活動も続けてきたMartin。彼は長年書き溜めていたという楽曲群をスタイル別に整理し、アルバムごとに核となるメンバーと多くのゲスト・ミュージシャンを迎えて60年代後半から70年代のクラシック・ロックの魅力を凝縮したアルバムを発表していく。

だからといって過去の偉大なバンドたちへのオマージュ的楽曲ににとどまることはなく、英国のロックの王道に触発されながらも独自の調合を施して創り上げようとしている。しかもそれは、多感な時期に世界中の文化を体験した後、祖国である多民族国家マレーシアに住むMartinが培った感性と、あらゆる民族のミュージシャンを起用しながら色彩豊かに展開していくもの。また、そこに載せられる歌詞は、ジャーナリストならではの教養と彼ならではの見地から書かれ、個人的な感情から、文学や文化を背景にしたもの、さらには臆することなく政治的に明確な声明をも伝えている。これこそがMARTIN VENGADESAN & THE STALEMATE FACTORなのである。

この3rdアルバム『The Knight's Flight』では、The Star紙の記者として共に働いていたAndrew Sagayam（ドラム）のほか、Edward Gomez（ベース）、さらにはSAMARKAND時代の旧友N. Rama Lohan（ギター）と再び懇意になったことで、Martin Vegadesanはヴォーカル、キーボードを担当。

2020年のパンデミックの時期にレコーディングされた本作は、書き溜めた素材からサイケデリックな曲を選出して制作された。Martin曰く、「THE BEATLESの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』『Magical Mystery Tour』、そしてPINK FLOYDの『Piper At The Gates Of Dawn』を大まかにベースにしていて、遊び心のあるトリッピーな雰囲気を持っている」とのこと。

それはアルバム・タイトル『The Knight's Flight』にも現れており、「チェスにおける騎士（Knight）の駒はマス目を飛ばして移動できる唯一の駒であり、特にヒッピー的なライフ・スタイルの中で空を飛ぶということを表現したかった」という。

Martinが語ってくれた楽曲解説を引用すると、バンド・メンバー全員で作曲に携わった「The Doors of Perception (Lost Weekend)」「The Doors of Perception (Lost & Found)」のテーマは、イギリス出身の著作家で神秘主義研究も行なっていたオルダス・ハクスリー自らの幻覚剤実験に基づいている。よって、曲のタイトルはオルダス・ハクスリーのメスカリンによるサイケデリック体験と考察が綴られた著書『知覚の扉（The Doors of Perception）』がそのまま用いられた。　

ロックファンなら誰もが知っている名前がタイトルの丸括弧に登場する「Your Runaway Mind (Syd Barrett, Peter Green & Me)」。これは「PINK FLOYDとFLEET WOODMACを結成した2人の天才、シド・バレットとピーター・グリーンの転落（結果、バンドを脱退）の一因となったLSDの美しさと危険性について」歌っているということだが、“Me”とさり気なく付け加えてある遊び心も忘れない。

「Opium Den（アヘン窟）」はタイトルそのままだ。「シャルル・ボードレール、オスカー・ワイルド、チャールズ・ディケンズ、アーサー・コナン・ドイルといった19世紀の作家によるアヘンへの言及に基づいて」創りあげられたもの。

また、腑抜けながら多幸感のある白昼夢を見ているかのような「Fragrant Hills」は中国音階が使用され、「Scream In Pleasure」の中間部はカルナータカ音楽に基づいたものになっているなど、国際色豊か……というよりはサイケデリックな要素が散りばめられているといった解釈が妥当か。

そしてアルバムを締めくくる「To The Carmine Sea」は、1stアルバムの「Across The Moors」、2ndアルバムの「The Battle of Emerald Skye」と同様、ヴィクトリア朝を舞台にした反戦おとぎ話三部作の最終章となっている。

マレーシアのロック史においても特異な位置にある作品と言えるだろうが、やはりMartin Vengadesanならではの世界観が存分に反映された一枚として注目に値する。

2020年発表
3rdアルバム

01.The Doors Of Perception (Lost Weekend) 4:27
02.Groggy Doggy 4:44
03.Shanny On A Sunday Morning 2:41
04.A Cafe Near TTDI Park 3:40
05.Crystal Meth And The One-Eyed Man 5:13
06.Fragrant Hills 3:02
07.Firewater Blues 3:55
08.Your Runaway Mind (Syd Barret, Peter Green & Me) 7:00
09.A Thousand Moons 5:34
10.Scream In Pleasure 5:56
11.Opium Den 3:10
12.Grass Cutter Jam 2:35
13.The Doors Of Perception (Lost & Found) 4:15
14.To The Carmine Sea 5:56

サンプルは「Your Runaway Mind (Syd Barret, Peter Green & Me)」